21世紀の書き人さんの公開ページ 復刊投票コメント一覧
復刊リクエスト投票
革命理論の教科書です。21世紀の日本人が、今後の体制改革に挑む上で、是非、参考文献に挙げなければいけない一書だと思います。現東京都知事であり、芥川賞作家でもある石原慎太郎氏の『遭難者』という短篇集にも、主人公のテロリストが読んだ座右の書として、この『実践論・矛盾論』が掲げられているのは非常に面白いと感じました。
2011/06/14
これほど貴重な書は、復刊しないと仕方がない。
若いころのネルソン・マンデラは格闘家で、あらゆる武術に通達していた。
「黒はこべ」と通称されていた頃の彼は、いかつく太っていて、見た目は暴力団の組員とほとんど変わらない。当時のその写真が、この本にはいくつか収められています(^^)
本物のやくざに対し、「ハンフリー・ボカートを真似したがる」などと扱き下ろしている辺り、この著者である南アフリカの指導者は、本当に強かったんだなあ、と改めて実感してしまいます。
牢獄で、革命仲間のインテリが看守に服を脱がされると、大半の仲間が人に見せられないような弱々しい体だったと、苦笑や嘲笑を込めて、述懐している下りもありました。もちろん、著者自身が頑健な肉体の持ち主だからでしょう(^^)
また、マハトマ・ガンジーやキング牧師の非暴力主義については、戦術として有効かどうか、という視点から、彼自らの見解を述べた箇所もありました。何しろ、彼自身は、本物の格闘家ですからね(^^:
これほどタフな革命家の自伝は、ほとんど読む機会がないので、是非、復刊して頂きたい。
2011/03/21
これほど貴重な書は、復刊しないと仕方がない。
若いころのネルソン・マンデラは格闘家で、あらゆる武術に通達していた。
「黒はこべ」と通称されていた頃の彼は、いかつく太っていて、見た目は暴力団の組員とほとんど変わらない。当時のその写真が、この本にはいくつか収められています(^^)
本物のやくざに対し、「ハンフリー・ボカートを真似したがる」などと扱き下ろしている辺り、この著者である南アフリカの指導者は、本当に強かったんだなあ、と改めて実感してしまいます。
牢獄で、革命仲間のインテリが看守に服を脱がされると、大半の仲間が人に見せられないような弱々しい体だったと、苦笑や嘲笑を込めて、述懐している下りもありました。もちろん、著者自身が頑健な肉体の持ち主だからでしょう(^^)
また、マハトマ・ガンジーやキング牧師の非暴力主義については、戦術として有効かどうか、という視点から、彼自らの見解を述べた箇所もありました。何しろ、彼自身は、本物の格闘家ですからね(^^:
これほどタフな革命家の自伝は、ほとんど読む機会がないので、是非、復刊して頂きたい。
2011/03/21
歴史学者トインビーが第一次世界大戦を『戦史』の舞台となるペロポネソス戦争に重ねたのは偶然ではない。トインビー『歴史の研究』を理解したければ、必読の書である。本気で歴史を学びたいのであれば、司馬遼太郎や塩野七生ではなく、ギリシア・ローマの古典によって徹底して、人間について勉強しなければいけない。何しろ、我々日本人のライバルとなる欧米の知識エリートたちは皆、そうした訓練を経て、今の地位を築いているからだ。日本が欧米のライバルに打ち勝つためには、内外を問わず、最良の古典や翻訳書を復刊し、国民教育を再興するしかない。
2011/01/25
慶応大学のある文学講師は、スタンダールの「赤と黒」やゾラの「居酒屋」と一緒に、この作品を学生たちに読ませているらしい。現在は入手困難な作品であるため、どのようにして授業が進められているのか、外にいる人間は知る由もないが、西欧の近代文学に匹敵しうる日本の純文学巨編といえば、この「邪宗門」を置いて他にはない。そのヘビー級のダイナミズムは、埴谷雄高の「死霊」に比肩できる日本文学の巨峰なのだ。これほどの巨編を絶版のままにしておくのは、やはり、出版社の罪というべきである。迅速に復刊して頂くことを待望します。
2010/12/17
19世紀のフランス文学に親しむ時、大デュマの「ダルタニャン物語」は欠かせない。何故なら、バルザックを読む時も、エミール・ゾラを読む時も、それが書かれる以前の18世紀のフランスの仕組みについて熟知していなければ、読解できない箇所があるからだ。あるフランス文学者は、この本を読む度に、トイレに入るのも忘れるくらい夢中になってしまうらしい。そんな贅沢な教養を絶版のままにしておくことを、賢明な読者が果たして、許しておくだろうか? これは、出版社の罪といえる。一行も本人が書いていないタレントのエンターテインメント小説よりも、この全11巻こそ経費を払って出版するべきだ。出版社は怠けていてはいけない。
2010/12/16
19世紀のフランス文学に親しむ時、大デュマの「ダルタニャン物語」は欠かせない。何故なら、バルザックを読む時も、エミール・ゾラを読む時も、それが書かれる以前の18世紀のフランスの仕組みについて熟知していなければ、読解できない箇所があるからだ。あるフランス文学者は、この本を読む度に、トイレに入るのも忘れるくらい夢中になってしまうらしい。そんな贅沢な教養を絶版のままにしておくことを、賢明な読者が果たして、許しておくだろうか? これは、出版社の罪といえる。一行も本人が書いていないタレントのエンターテインメント小説よりも、この全11巻こそ経費を払って出版するべきだ。出版社は怠けていてはいけない。
2010/12/16