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レビュー
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プニン
ぷにぷにプニン
プニらない、プニります、プニる時。かくしてプニンは活用し、膠着する。まさにプニンはプニン的にプニン化するのだ。
【内容紹介】
ロシアからの亡命者でアメリカの地方大学に勤務するティモフェイ・プニン教授(実は終身契約ではない助教授待遇、しかも独文科に居候中)は、ロシア文学の研究とロシア語教育に日を送り、質素にして篤実に生活し、英語もそれなりに上達し、アメリカ人社会にも溶け込んでいた。…と思っているのは実はご本人だけであった。
ロシアを追われヨーロッパを転々とし、ようやくアメリカに居を定めたばかりのナボコフが描く、ある亡命者の人生模様。
【感想】
妙にプライドを持つ亡命者ほど滑稽な存在もありません。同じ国を離れた者でもこれが「難民」であれば、大変でしたねという「同情」の対象にもなるのですが、亡命者というのは故国政権から見れば犯罪者、命からがら国を逃げ出したくせに、世が世で有ればとかなんとか言ってよそに来てもなんだか威張っているではありませんか。用意周到だったのか突然の思いつきだったのかのいずれにしても、言葉や挙措振舞はどこか奇矯で怪しいにもかかわらず、ややもすると端々に英雄気取りが疑われたりもします。
こんな連中には、陰口と嘲笑こそがふさわしいのです。異質な者に対しては容赦がないのは、洋の東西を問いません。わたくしたちの自由の国のノドチンコに突き刺さった魚の骨。教養豊かなわたくしたちは、もちろん彼らに対し笑顔で接することにヤブサカではないが、まあロシア人などヨーロッパの皮はかぶっても所詮は韃靼人の末裔、ユダヤよりはちょっとましな二流民族に過ぎない。WASPのホンネは、世界の、もちろんわれわれ島国びとのホンネでもあったりしてね。
もちろんプニン氏はそのあたり百も承知、人畜無害の装いが、みずからの内面を押し隠します。しかしいくら控えめにつつましく装っても、譲れない自分の歴史は厳として存在する。
50歳代前半にして見事ぴかぴか禿頭、あたかも半人造人間のようなギクシャク動作の彼にも、なんとかつては美しい奥様がいらしたのですね。しかもこの女性リーザさん、結婚したと思ったら愛人をこさえて出奔、さらには突き出たお腹で戻ってきたのをプニン氏はやさしく受け入れてようよう手に手を取ってアメリカ移住を果たしたと思ったら、それはほんの方便だったのよ、はいさようならとはこりゃ解せませぬ。
しかもどこまでも知性の人であるプニン氏、血の繋がらぬ「息子」エリックの「代父」まで引き受けたは良いけれど、世に父性愛ほどプニン的でないものもありません。もちろんこの14歳の少年は、人を愛したことなどあるはずもなく、ついでに言えば実の父母もまた彼を愛したことはないのです。愛の結晶なんて胡散臭いものではない、孤独の結晶。それはパンチボウルのように砕けやすく…しかし芯は強かったりして。
プニン氏はそこにたったひとつ、プニン化できないものを見たのでしょうか。転変と翻弄の中で失ったものは多々あれど、やはり愛が欲しかった、などという感傷とは無縁であろうとしたプニン氏にしてこの感情。
それにしても安全地帯にいて眺める、他人の孤独と悲哀ほど、可笑しいものはないってことですな。プニン的に走行する車で去っていった彼は、これからいったいどうなるのでしょうか。それはきわめて映像的なシーンでありながら、達意の文章でしか表せない世界であり雰囲気なのです。(2013/04/18)
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