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レビュー
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愛人 AI-REN
個人の短い一生と、人が愛を紡ぎ出して引き継がれる歴史
田中ユタカの『愛人』は、発表から20年以上が経過し、漫画やライトノベルの関心軸が「セカイ系」から「政治系」へと移り変わっても、驚くほど古びていません。(2000年か2001年の)星雲賞にノミネートされた際、単行本版を読んだときの感動は今でも忘れられません。
その普遍的な魅力は、個人の短い一生と、人が愛を紡ぎ出して引き継がれる歴史が、物語の終盤で等価に並べられる構成にあるでしょう。この圧巻で感動的な結末こそ、まさに本作の真骨頂です。
この作品は、「人間はどこから来て、何のために存在するのか?」という難問に対し、「実存」を追い求める思索と、「文学的な“処理”」という愚直な方法で挑んでいます。
例えば、#42における、あいの「人は人を愛するために存在している」という言葉は、#1-1.5の内容と合わせて読みますと、ひどく切なく心に響きます。広大な宇宙に比べれば人間の生涯はちっぽけなものだという虚無的な視点ではなく、「人間は有限である」という事実を認識した上で、その限界の中にこそ新たな地平を見いだす可能性を示しているのです。
物語の上巻までは、その人物配置から手塚治虫の『火の鳥 未来編』を連想しました。しかし、読み進めるうちに小松左京の『復活の日』に近い印象を受けたのです。
『火の鳥 未来編』は雑誌COMへの分割掲載されたのを加筆修正した作品なので、あたかも一気に石を削り出して巨大な像を創り上げたとするなら、本作は一枚一枚レンガを焼いて丁寧に積み上げた建物です。雑誌掲載時の各話ごとのばらつきや、単行本化に当たっての加筆修正が施されたことで、まるで主人公を含む登場人物が感じたことの濃淡が加わり、それが一枚一枚レ
ンガを焼いて丁寧に積み上げた建物のような、じんわりと心に染み入る味わいを生み出しています。
個人的には、本作は書籍版での閲覧が強く推奨されます。私自身、Nexus 7のKindle for Android版と愛蔵版の両方を所有していますが、紙媒体の優位性は明らかです。例えば、初めて二人が海を見る見開きのページでは、島に打ち寄せる潮をホワイトで、岩礁の影を斜めの網掛けで表現するなど、紙媒体ならではの繊細な描写が光ります。また、#43の桜のトーンの貼り
位置は、まるで日焼けの跡のようにくっきりと見て取れました。コンビニコミック版よりは上質ですが、愛蔵版には及ばないという、初単行本形態のA5版に近い中間的な体裁が、独特の風合いを生み出しています。
単行本5冊分が上下巻にまとめられ、『コロコロコミック』1冊サイズになったことで、物理的な軽さや、必要に応じて拡大できる電子版の利点も理解はできますが、作品が持つ表現の深みを味わうには、やはり書籍版に軍配が上がります。だからこそ、この紙媒体に最適化された表現を多くの人に体験してもらうためにも、是非書籍版の復刊を強く希望します。(2025/07/27)
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愛人 AI-REN
【著者】田中ユタカ