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天皇さまが泣いてござった
全2件
昭和60年に故人になった入江相政侍従長が「序文」を書いているのに、例の「佐々木テン証言」は通州事件から「五十年を過ぎた今でも」(142頁。「通州事件 目撃者の証言」では84頁。「慟哭の通州」では209頁に引用されるべき個所にあたるが省略されている)とあるので、どう考えても昭和62年に書かれた「証言」であるはずだ。「通州事件 目撃者の証言」のように「一九八五年に死亡した入江相政氏が一九九七年に出版された本に序文を書いているのは不自然だ、などという批判を書いています。何の不自然なことはありません」、「慟哭の通州」のように「この証言がいつ取られたものなのかを特定する作業も重要だ。調寛雅氏の長男で因通寺の現住職・調准誓氏に尋ねると『あくまで推測なのですが、おそらく昭和四七(一九七二)年から昭和五二(一九七七)年ころに再録されたのではないか』」と誤魔化す気がしれない。その上、この本は韓国人、中国人、ロシア人やキリスト教徒に対する強い偏見を感じる。
2017/08/18
昭和60年に故人になった入江相政侍従長が「序文」を書いているのに、例の「佐々木テン証言」は通州事件から「五十年を過ぎた今でも」(142頁。「通州事件 目撃者の証言」では84頁。「慟哭の通州」では209頁に引用されるべき個所にあたるが省略されている)とあるので、どう考えても昭和62年に書かれた「証言」であるはずだ。「通州事件 目撃者の証言」のように「一九八五年に死亡した入江相政氏が一九九七年に出版された本に序文を書いているのは不自然だ、などという批判を書いています。何の不自然なことはありません」、「慟哭の通州」のように「この証言がいつ取られたものなのかを特定する作業も重要だ。調寛雅氏の長男で因通寺の現住職・調准誓氏に尋ねると『あくまで推測なのですが、おそらく昭和四七(一九七二)年から昭和五二(一九七七)年ころに再録されたのではないか』」と誤魔化す気がしれない。その上、この本は韓国人、中国人、ロシア人やキリスト教徒に対する強い偏見を感じる。
2017/08/18