読後レビュー
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シチューが食べたくなる本
エドワード・ゴーリーの絵本が好きですし、線や画面の色合いはぜんぜん違いますけど、構図が似ているんですよ、ゴーリーに。
背景を真正面から描き、その手前に人物を配する、それでそれらを四角い枠で閉じ込める。箱庭的というのか、舞台芝居のよう、というのか……。
そんな挿絵を見て、読んでみようと思ったんだと思います。きっかけです。ゴフスタインさん知らない人でしたし(今でもしらべても詳細がわかりません)。
結論からいうと、大切な一冊になりました。こういう奇跡の出会いもときどきあるんです。
読んでみて、もともと挿絵がきっかけでしたが、テキスト(末盛千枝子さん訳)のほうに圧倒されました。
ささやかに、でも確かで、ユーモラスに暮らすワインストックさんの家族。この人たちの描き方、もう本の中で本当に生活しているんですよ!
挿絵の四角い枠や最小限の線画、これはワインストックさんの丁寧な暮らし方をあらわしていたんですね。
この絵とテキストの力で、ピアノの音だけじゃなく生活のあたたかい音が聞こえてくるんです。擬音語なんて使うような派手さはなくても、耳でも快いんです、ちゃんと。ちゃんとね。
階段をのぼる音、卵が鍋の中で揺れる音、雪道を歩く音、道具が役に立っている音……。
とくに白眉の場面は、ワインストックさんが朝の支度をするところです。忘れられない場面です。読むべき文章が、声に出して読みたい文章がここにありました。
ワインストックさんの動作が淡々と記録のように書かれているだけですが、その詳細の中に彼の性格や好み、そんなものがはっきりとあらわているんです。
三つの卵、黄色いポット……。
自然と私の脳内で彼のキッチンが、描かれていないところまで広がっていくような感じでした。曇ったガラス窓、そのむこうの雪の積もった通り。足をぶらぶらさせてテーブルで待つデビー。広がりをもったテキストなんです。
どの人物も、些細な動作の描写の中にその人物の人柄が見えてくるんです。すごいですね。
パールマン夫人もチャーミングですね、デビーは小さくて口数は少ないのにちゃんと考えを持っているんです。
後半のリップマンさんとワインストックさん、デビーの三人を通したゴフスタインさんのメッセージも説得力があります。グッド。
物語の外側、つまり箱庭のそとですね。おまけがあるんです。うれしいですね。
ひとつは、リップマンさんの演奏会のプログラム(セットリストとは言いたくないですね)。ここまでされたら、本当にリップマンさんのコンサートに足を運びたくなるじゃないですか!
居心地のいい小さなホールでしょう、きっと。あたたかいコートとオーバーシューズの感覚まで立ち上がってきますよ。パールマン夫人でなくともそわそわしたくなりますよ。
もうひとつが、表紙と一番最後のページに、図鑑のように「きちんと」並べられた調律道具の数々の挿絵。ワインストックさんの道具箱の中ですよ、きっと。きちんと並べられたもの好きのひとには垂涎ですよ(ちょっと適当)。
この本のすごいところがぜんぜん言えた気がしません。ここまで書いておいてなんですが、これ読んでいるんだったら、もう「ピアノ調律師」読んだほうがいいですよ。
(ダニール・トリフォノフの「水の反映」を聞きながら) (2015/09/24)
復刊投稿時のコメント
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アンモナイト