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2,420円(税込)

新装版 わたぼうし翔んだ -奈保子の闘病スケッチ-

河合奈保子

2,420円(税込)

(本体価格 2,200 円 + 消費税10%)

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わたぼうし翔んだ : 奈保子の闘病スケッチ
  • 「河合奈保子 カナリー・コンサート」 パンフレット ダイジェスト ミニブック


    復刊ドットコムで『新装版 わたぼうし翔んだ
    -奈保子の闘病スケッチ-』を購入すると、 先着で
    「河合奈保子 カナリー・コンサート」(1982年)の会場で販売されたパンフレットのダイジェスト版ミニブック(CDサイズ/表紙込み全8ページ)をプレゼント!
    特典は数に限りがありますので、お早めにどうぞ。

    ≪特典に関するご注意≫


    本商品と、2021年8月下旬以降発売予定の他の予約商品を同時にご注文いただく際、「まとめ発送」を指定されると、システム上、特典付きの商品をお届けできず、通常商品でのお届けとなります。
    特典をご希望の方で、他の「8月下旬以降発売予定の予約商品」を同時にご注文される場合は、「分割発送」をご指定いただくか、2度に分けてご注文ください。
著者 河合奈保子
出版社 復刊ドットコム
判型 四六判
頁数 292 頁
ジャンル 文芸書

商品内容

復刊ドットコム サイト開設20周年記念 ユーザー参加型企画
「あなたの復刊したい本 企画会議でプレゼンしませんか?」からの
復刊実現第1弾!


ファンの熱い想いが、ついに結実!
1980年代に、アイドル~シンガーソングライターとして活躍した河合奈保子さん。
1981年におきたステージからの転落事故による入院、療養生活中に綴った心の記録『わたぼうし翔んだ』。
復刊リクエストに多数寄せられた熱い投票(累計288票/2021年6月10日時点)から、2021年夏、新装版として復刊が決定!

可愛らしさと美しさ、歌唱力の高さ、飾らずに優しく気さくで誠実であり続けた河合奈保子さん。

そのデビューから1年余りの1981年10月5日。
18歳のこの日に起きた、リハーサル中のステージからの転落事故により、歌手活動の一時停止を余儀なくされました。

その後、1983年5月に出版された『わたぼうし翔んだ』には、約2ヵ月にも及んだ入院・療養生活中の出来事、仕事への迷い、葛藤や心の動き、10代女性としての思想や感情までもが、ご自身の手による瑞々しい筆致で綴られています。

タイトルにもある「わたぼうし」の由来は、転落事故により病院のベッドで寝たきりになった時に思い出した、中学時代に観た「わたぼうしコンサート」。
もちろん、本書の中にも、このコンサートの様子が細やかに書きとめられています。

転落事故後の心境、療養期間に振り返ったデビューからの出来事、ファンの方への思い、復帰作でもある第7弾シングル「ラブレター」の思い出、コルセットをつけたまま敢行した復帰コンサート… などが綴られた本書は、河合奈保子さんの「歌」への熱い思い、「歌」に対する意識の高まりなどとともに、その後も多数生まれていった「名曲」へとつながっていく重要なポイントにもなっているといえるでしょう。

今回の新装版復刊にあたって、当時の通称・俗称や文体なども可能な限りそのまま掲載し、執筆当時のリアルな本人の言葉や心情がそのまま伝わるようつとめました。また、旧版発行時の装丁にも用いられた、河合奈保子さんの実妹さんが描いたカバーイラスト、本文カットなどもきれいに修復して新たな装丁に用います。
旧版の雰囲気を残しつつも手に取りやすく、読みやすい仕様でお届けします。

当時のファンからの未だ衰えることのない人気はもちろんのこと、YouTube世代の昭和歌謡ファンの間でも再び注目度が上がっている河合奈保子さん。
“アイドル”から“アーティスト”へと、類い稀な変容を遂げたその人となりを知るには、最適な一冊です。

38年の時を経てよみがえる本書を、ぜひこの機会にお手に取ってお楽しみください。

▼著者プロフィール
河合奈保子(かわい なおこ)
1979年に芸映が主催した、所属歌手・西城秀樹の名を冠にした新人発掘コンテスト「HIDEKIの弟・妹募集オーディション」で優勝。
1980年6月1日、“秀樹の妹”というキャッチフレーズとともに、日本コロムビアよりデビュー曲「大きな森の小さなお家」をリリース。
1994年までの間にシングル36作品(この他にデュエット・シングル3作品)、ミニアルバムを含むオリジナル・アルバム19作品の他、ライヴ・アルバム、映像作品など多数の作品を発売。主なヒット曲は「スマイル・フォー・ミー」(1981年6月)、「夏のヒロイン」(1982年6月)、「けんかをやめて」(1982年9月)、「エスカレーション」(1983年6月)、「デビュー」(1985年6月/初のチャート1位獲得曲)など多数。
1986年10月に発表した、初の全曲自作曲によるアルバム『スカーレット』と、同アルバムからのシングルカット「ハーフムーン・セレナーデ」以降は、シンガーソングライターとして活躍。
1996年2月に結婚、芸能活動を停止。
2006年に自作ピアノ作品集『nahoko 音』を発表。
近年も日本コロムビアより、オリジナル・アルバムの紙ジャケット復刻(タワーレコード限定販売)や、2020年12月にはTBSテレビでの歌唱映像を収録したDVD-BOX『NAOKO ETERNAL SONGS』がリリースされて好セールスを挙げるなど、作品のアーカイヴやリリースが継続的に行われている。

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読後レビュー

全2件

  • 永遠の「純真な女の子」

    この著作を読むと、河合奈保子本人が記述したことが分かる。多忙な人物や不真面目な者(タレントや政治家等)は往々にして代筆させるのである。この著作では、デビューまで住んでいた大阪の公団住宅などの情景が細かく記述されている。筆者は実際に現地に赴いたが、そこには彼女が描写する昭和50年代の風景が今でも記述通りに広がっていた。彼女の「秘密の花園」で筆者も時を過ごすことができたのだ。彼女の復帰からこの著作の上梓までに一年半弱を要している。関係者に脱稿を急かされたことだろう。多忙ながらも、彼女は「自分の」著作に拘ったのだと思う。

     カバーは河合奈保子の妹・由佳里による、一人の少女と犬とが夕焼けの草むらを駆けている遠景の絵である。表紙を開くと最初に河合奈保子自身の物憂げな写真があるのみで、他に写真は無い。挿絵には妹によるイラストが数点あるのみである。ピンク色の帯には河合奈保子の写真とともに故・森光子の寄せ書きもあるが、広告としての帯が無ければ、実に素朴な装丁である。アイドル本として異色の作品であろう。筆者はこの著作を文芸書だと考える。

     この著作には、転落事故に関する書物ながら河合奈保子の関係者への「愛」で満ちている。自らの不注意による事故だったこともあり自分を責めているのだが、一方では著作に登場する人物たち皆に感謝し、愛していることがひしひしと伝わってくる。特に彼女の家族への愛は特別であろう。家族愛を強く感じるのである。この家族愛、それが「河合奈保子」という稀有な麗しい性格の女性を生み出したのだ。

     また、彼女は「良く泣く」ことを示唆している。関係者の証言によれば、彼女は人前で泣くことがほぼ無かったそうだ。しかし、彼女の顔は「泣き顔」である。著作の中で彼女はよく泣いている。事故によるコンサートの中止や一人暮らしの寂しさなどからである。我々の殆どは、コンサートや握手会を除けばメディアを通じてのみしか彼女に触れ合うことができなかったが、そこには「元気で明るい笑顔の奈保子ちゃん」があった。しかし、彼女はこの著作を通じて「私も普通の一人の女の子」、笑いもすれば悲しんだり泣いたりするんです、と伝えたかったのだ。河合奈保子は通例の「アイドル」「芸能人」にはなりたくなかった。自らそれに言及する記述もあるが、筆者が最もそれを強く感じたのはトイレに関する記述である。立ち上がれるようになって一番嬉しかったのが「トイレ」であったと。動けない入院患者が男女問わず最も嫌になるのが排泄行為であろう。彼女はそれをはっきり記述している。「アイドルはトイレをしない」考えれば有り得ない馬鹿げた思い込みであるが、それを壊す記述に芸能関係者は難色を示しただろう。飾らない彼女に筆者はさらに好印象を抱くとともに、河合奈保子は「アイドル(偶像)」ではなく、我々と同じ「人」でありたいのだと確信した。

     なお、彼女が極めて不快感を顕わにしている箇所が一つだけある。初めての紅白歌合戦出場についてである。転落事故に遭遇したのがNHKホールであった。出場が事故の賠償としての取引ではないかと。敢えて記述したのは、お淑やかな彼女ですらこの噂(事実だったかもしれぬ)だけは決して容認できなかったからだと思う。

     当時の彼女が考える将来についても記述されている。その後の彼女を知る読者は、オーストラリアのくだりでは驚くとともに、恋愛観のくだりでは悲しくなるのである。彼女の将来に関する記述のみならず「本当の歌とは何か?」という問いに関する記述でも感じるのであるが、彼女は音楽などの物事をよく考え、行動し改善しようとしていたと思う。ラジオであったか、尾崎亜美が「河合奈保子さんは賢い女性だった」と云っていた。この著作を通じて筆者も彼女に優れた知性と行動力とを感じるのである。

     握手会で会った盲目や聾唖の男の子、退院後に投宿した旅館に彼女を見に来た子供たちの記述がある。そして、著作名の由来ともなったわたぼうしコンサート(障碍者によるコンサート)の観覧シーンの記述もある。河合奈保子は保母になりたかった。大好きな子供たち、そして自らもその一人になるかもしれなかった障碍者たちといった弱者への優しい眼差しや温かい想いが感じられる。後に彼女は、このわたぼうしコンサートや、KBS京都主催のチャリティー「かたつむり大作戦」などに出演者として参加したのだった。

     河合奈保子は「オトナにはなりたくない」と明らかにしたことがある。保母になって子供と触れ合いたい、同じ子供であり続けたかった彼女。還暦が見えてきた現在でも「可愛い純真な心の女の子」なのだろう。河合奈保子の魅力の一つでもあり、「子供の温もり」が感じられる35年前のこの著作に旧さを感じない理由の一つでもある。いつかお会いしたい。(敬称略) (2018/10/07)

    GOOD!19
  • 音楽だけでない

    音楽に強い思いを持ったアイドルが手記を残しています。
    音楽だけでも、また闘病記だけでもない、いろいろ心にあることを書いてあります。
    本書著述でも本当に頭が良くて心優しい人柄がうかがえます。 (2018/09/22)

    GOOD!16
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復刊投稿時のコメント

全307件

  • 私は、奈保子さんの芸術性・音楽性に共感しています。そしてなにより決して人を上から見ない人柄に大きな魅力を感じています。彼女が自ら作曲した曲をピアノを弾きながら歌っていたあの姿が忘れられません。残念ながら、発行当時、この本を読んだことがありません。今、猛烈に読みたい1冊です。 (2021/08/01)
    GOOD!1
  • 当時はまだ小学〜中学生でした。今だから読みたいと思います。 (2021/07/27)
    GOOD!1
  • 奈保子さんとはいわゆる同学年の1963年生まれ。
    高2でファンになり、親元から離れ入学した大学の街にコンサートツアーでいらっしゃった時には無理やり友人を連れて行きました。
    その時が初めてかつ唯一の生奈保子さんでした。
    デビュー2年目の秋、NHKホールで大怪我されたときの驚きは今も覚えています。現在のようにネットで情報がすぐに入手できる時代ではなく、奈保子さんの状態がどうなっているのか心配でなりませんでした。
    最初に復帰したテレビ番組「夜のヒットスタジオ」で大勢のファン親衛隊の皆さんの前で涙をこらえて歌った「ラブレター」。最高でした。 (2021/06/26)
    GOOD!4
  • 河合奈保子さんの大ファンです。
    当時買えなかった想いをこめて投票します。 (2021/06/24)
    GOOD!2
  • とにかく大ファンです。
    今でも、いつまでも。 (2021/06/23)
    GOOD!2

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