| 著者 | 椎名宏雄 |
|---|---|
| 出版社 | 大法輪閣 |
| ジャンル | 専門書 |
| ISBNコード | 9784804682129 |
| 登録日 | 2026/09/21 |
| リクエストNo. | 79682 |
明暗、回互と不回互、汝とかれ、個別と平等・・・。さまざまな例えを用いて仏教の深遠な哲理と徳、この世の真理を歌い、仏道を学ぶ者の心構えを示した「参同契」と「宝鏡三昧」。曹洞宗寺院で毎朝、唱えられるこの中国唐代の偈頌を懇切丁寧に解説。
▼目次
・はしがき
・漢詩と禅門偈頌
・やさしく読む『参同契』
『参同契』〈原文・訓読文〉
第一講:『参同契』とは/詩(偈頌)としての『参同契』/作者の石頭希遷禅師について/『参同契』をつくった理由は/『参同契』の伝来
第二講(第一句~第一二句):禅門に南北なし―『参同契』述作の目的/明・暗を初めて説いた/理・事は融和し、そして独立している
第三講(第一三句~第二六句):形象と音声は、本来すべて平等/四大(元素)はそれぞれ特性を保っている/六根と六境は、それぞれ独立している/根本に立ち帰る
第四講(第二七句~第四四句):区別イコール平等/現象と平等な真理とは密接不離/今ここにこそ道がある
・やさしく読む『宝鏡三昧』
『宝鏡三昧』〈原文・訓読文〉
第一講:『宝鏡三昧』とは/『宝鏡三昧』は韻文作品/『宝鏡三昧』の由来/テキストを比較して見えてきたこと/『宝鏡三昧』は江戸時代から流行/洞山禅師について
第二講(第一句~第二二句):『宝鏡三昧』という題の意味は/仏法をよく受け、よく伝えよ/万物には平等性と個別性とがある/仏法を言葉でいい表わすことはむずかしい/大自然はあるがままに仏法を説いている
第三講(第二三句~第四六句):宝鏡に映った汝と渠/洞山禅師の悟り―「過水の偈」/仏法は赤子のように無心で平等、測ることができない/仏法は易や偏正五位のように、個別と平等が融合している/個別と平等とが融合するとは、あたかも音楽が調和するようである
第四講(第四七句~第六八句):仏法のすがたは純真でマッサラ/仏法の実践には疑心を抱いてはならない/悟りにとらわれて逆に迷ってばならない/誤った悟りを正す
第五講(第六九句~第九四句):先人の道に学ぶ/仏祖はさまざまな手段で教え導く/仏祖のはたらきはまるで神業のよう/仏道の実践は社会倫理の実践に似ている/実践の継続が重要
『参同契』と『宝鏡三昧』の注解書
・付録
『参同契』の性格と原文
『宝鏡三昧』の諸本
・あとがき
(以上、法蔵館商品ページより)
▼目次
・はしがき
・漢詩と禅門偈頌
・やさしく読む『参同契』
『参同契』〈原文・訓読文〉
第一講:『参同契』とは/詩(偈頌)としての『参同契』/作者の石頭希遷禅師について/『参同契』をつくった理由は/『参同契』の伝来
第二講(第一句~第一二句):禅門に南北なし―『参同契』述作の目的/明・暗を初めて説いた/理・事は融和し、そして独立している
第三講(第一三句~第二六句):形象と音声は、本来すべて平等/四大(元素)はそれぞれ特性を保っている/六根と六境は、それぞれ独立している/根本に立ち帰る
第四講(第二七句~第四四句):区別イコール平等/現象と平等な真理とは密接不離/今ここにこそ道がある
・やさしく読む『宝鏡三昧』
『宝鏡三昧』〈原文・訓読文〉
第一講:『宝鏡三昧』とは/『宝鏡三昧』は韻文作品/『宝鏡三昧』の由来/テキストを比較して見えてきたこと/『宝鏡三昧』は江戸時代から流行/洞山禅師について
第二講(第一句~第二二句):『宝鏡三昧』という題の意味は/仏法をよく受け、よく伝えよ/万物には平等性と個別性とがある/仏法を言葉でいい表わすことはむずかしい/大自然はあるがままに仏法を説いている
第三講(第二三句~第四六句):宝鏡に映った汝と渠/洞山禅師の悟り―「過水の偈」/仏法は赤子のように無心で平等、測ることができない/仏法は易や偏正五位のように、個別と平等が融合している/個別と平等とが融合するとは、あたかも音楽が調和するようである
第四講(第四七句~第六八句):仏法のすがたは純真でマッサラ/仏法の実践には疑心を抱いてはならない/悟りにとらわれて逆に迷ってばならない/誤った悟りを正す
第五講(第六九句~第九四句):先人の道に学ぶ/仏祖はさまざまな手段で教え導く/仏祖のはたらきはまるで神業のよう/仏道の実践は社会倫理の実践に似ている/実践の継続が重要
『参同契』と『宝鏡三昧』の注解書
・付録
『参同契』の性格と原文
『宝鏡三昧』の諸本
・あとがき
(以上、法蔵館商品ページより)
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