復刊投票コメント一覧
ビアフラ 飢餓で亡んだ国
全13件
ビアフラの失敗を跡付けることが、第一次大戦後に出てきた「民族自決」の概念がその後は戦争の勝者の都合で左右され今に至ると言う虚構を暴く記念碑の一つだと思うので。
2008/09/24
ビアフラの失敗を跡付けることが、第一次大戦後に出てきた「民族自決」の概念がその後は戦争の勝者の都合で左右され今に至ると言う虚構を暴く記念碑の一つだと思うので。
2008/09/24
去年2003年の3月30日が日曜日だったのに「フランシーヌの場合」の歌は思い出したのに、イラク戦争開始10日目だったのに、いよいよ有事法制が通される寸前の時だったのに、その歌の意味はわからず、戦争反対のデモや国会集会やワールドピースナウやいろんなとこへ行ってたのに誰も知らない。反戦平和の運動ではパソコンなしでは今は何にもつかめないということで半年前にパソコンをやり始めて、「フランシーヌの場合」を調べたら、これこそ今の世界の戦争体制を見事に嘆き悲しみ批判している唄でした。女学生フランシーヌ・ルコントが1969年3月30日の日曜日パリの朝に路上で焼身自殺したわけが、ベトナム戦争と、ビアフラの戦争と飢餓でした。それは、このサイトのこの本の解説にあるとおりの、大国の横暴と国連や世界の非力のせいで悲劇がおこったことを書いてある本だから、今こそ、フランシーヌもビアフラも思い出すべき語りつぐべき時だと思ったからです。一年遅れだけれど、今日もあの頃と同じ曜日です。曜日と日にちがずれたとしても、今は毎日が3月30日なのだから…。
2004/01/14
去年2003年の3月30日が日曜日だったのに「フランシーヌの場合」の歌は思い出したのに、イラク戦争開始10日目だったのに、いよいよ有事法制が通される寸前の時だったのに、その歌の意味はわからず、戦争反対のデモや国会集会やワールドピースナウやいろんなとこへ行ってたのに誰も知らない。反戦平和の運動ではパソコンなしでは今は何にもつかめないということで半年前にパソコンをやり始めて、「フランシーヌの場合」を調べたら、これこそ今の世界の戦争体制を見事に嘆き悲しみ批判している唄でした。女学生フランシーヌ・ルコントが1969年3月30日の日曜日パリの朝に路上で焼身自殺したわけが、ベトナム戦争と、ビアフラの戦争と飢餓でした。それは、このサイトのこの本の解説にあるとおりの、大国の横暴と国連や世界の非力のせいで悲劇がおこったことを書いてある本だから、今こそ、フランシーヌもビアフラも思い出すべき語りつぐべき時だと思ったからです。一年遅れだけれど、今日もあの頃と同じ曜日です。曜日と日にちがずれたとしても、今は毎日が3月30日なのだから…。
2004/01/14
冷戦時代の紛争はベトナムや中東だけではなかった。その事実が、今の日本では余りに知られていない。アフリカ諸国はどのように独立し、どのように国際社会と関わってきたのかを手軽に知ることが出来る書物が
一冊ぐらい流通していてもいいはず。
2003/03/21