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阿含経典 1 存在の法則(縁起)に関する経典群 人間の分析(五蘊)に関する経典群
全1件
大乗仏教において「阿含経」は小乗(上座)仏教の範疇であり、取るに足らない教えされてきました。ところが文献学は進歩により、むしろ阿含経典にこそ釈迦の教えの原型(これを「原始仏教」と呼ぶことにします)があることが分かってきました。
そして実際に阿含経を読んでみると、非常に合理(論理)的・現実的な教えが見えてきました。一部、専門用語があるとはいえ、その論理ができないということはないと思います。そしてその教えは反宗教的ですらあるかもしれません。
さて増谷氏の翻訳は、一般に浸透した仏教用語はそのままに日常用語で読める翻訳になっていると思います。かなりの部分を「後世の加筆・増補が入っている」として削除されていますが(第2巻の佐々木氏の解説参照)、必要最低限の文章は揃っていると思いますし、何よりも文庫で持ち運べ便利です。内容の連続性はあるとはいえ自分の関心のある内容から読み始めていいでしょう。
最後に大乗仏教との関連に触れます。「大乗仏教は釈迦が唱えた教えではないから仏教ではない」(大乗非仏説)という主張もあります。じっさい本書を読んでみると大乗仏教とは異なるイメージを持ちます。しかし中道の概念は存在しますし、当時から「自分たちだけ救われればいいのか」という主張も教団内にありました(第3巻「一人の道にあらず」)。煩雑になった嫌いはありますが、深化・発展した部分も多いように思います。
2022/01/06
大乗仏教において「阿含経」は小乗(上座)仏教の範疇であり、取るに足らない教えされてきました。ところが文献学は進歩により、むしろ阿含経典にこそ釈迦の教えの原型(これを「原始仏教」と呼ぶことにします)があることが分かってきました。
そして実際に阿含経を読んでみると、非常に合理(論理)的・現実的な教えが見えてきました。一部、専門用語があるとはいえ、その論理ができないということはないと思います。そしてその教えは反宗教的ですらあるかもしれません。
さて増谷氏の翻訳は、一般に浸透した仏教用語はそのままに日常用語で読める翻訳になっていると思います。かなりの部分を「後世の加筆・増補が入っている」として削除されていますが(第2巻の佐々木氏の解説参照)、必要最低限の文章は揃っていると思いますし、何よりも文庫で持ち運べ便利です。内容の連続性はあるとはいえ自分の関心のある内容から読み始めていいでしょう。
最後に大乗仏教との関連に触れます。「大乗仏教は釈迦が唱えた教えではないから仏教ではない」(大乗非仏説)という主張もあります。じっさい本書を読んでみると大乗仏教とは異なるイメージを持ちます。しかし中道の概念は存在しますし、当時から「自分たちだけ救われればいいのか」という主張も教団内にありました(第3巻「一人の道にあらず」)。煩雑になった嫌いはありますが、深化・発展した部分も多いように思います。
2022/01/06