復刊投票コメント一覧
【訳あり品特価】雪原にひとり囚われて -シベリア抑留十年の記録-(30%OFF)
全298件
従軍慰安婦、強制連行、などありもしない事について文句言われ
て、しかも謝罪まで求められ応じる有り様
なのに本当にあったシベリア抑留についてはちっとも報道され
ず、知られていないし!ありえません
もっと多くの人に知ってほしいし、自分ももっと知りたい事実が
ここにはあるはず!
2006/07/31
従軍慰安婦、強制連行、などありもしない事について文句言われ
て、しかも謝罪まで求められ応じる有り様
なのに本当にあったシベリア抑留についてはちっとも報道され
ず、知られていないし!ありえません
もっと多くの人に知ってほしいし、自分ももっと知りたい事実が
ここにはあるはず!
2006/07/31
シベリア抑留に興味があるから
2006/07/31
シベリア抑留に興味があるから
2006/07/31
シベリアに抑留されていた人がいるというのは知っていましたが、歴史などで習った記憶はなく、実際どうであったのか知りたいと思いました。日本人が戦争でした事、された事を正しく知るきっかにしたいです。
2006/07/28
シベリアに抑留されていた人がいるというのは知っていましたが、歴史などで習った記憶はなく、実際どうであったのか知りたいと思いました。日本人が戦争でした事、された事を正しく知るきっかにしたいです。
2006/07/28
当時の状況を知るために
2006/07/27
当時の状況を知るために
2006/07/27
今話題の強制連行が作られたものであることに対し
この強制連行は真実。
しかしそれが公にされることはほとんどありません。
なので最もショッキングな女性の抑留者の方の手記を是非に読んでみたく思いました。
2006/07/23
今話題の強制連行が作られたものであることに対し
この強制連行は真実。
しかしそれが公にされることはほとんどありません。
なので最もショッキングな女性の抑留者の方の手記を是非に読んでみたく思いました。
2006/07/23
靖国問題など第二次世界大戦当時~その後の日本の歴史に興味があります。これまでの左翼的な硬直した議論からやっと最近自由に議論できる空気が出てきましたので。
復刊されたら絶対に購入しようと思っていますのでよろしくお願いします。
2006/07/22
靖国問題など第二次世界大戦当時~その後の日本の歴史に興味があります。これまでの左翼的な硬直した議論からやっと最近自由に議論できる空気が出てきましたので。
復刊されたら絶対に購入しようと思っていますのでよろしくお願いします。
2006/07/22
私の祖父も戦後シベリアで強制労働をさせられていたと小学生の頃聞いたことがあります。その内容についてはほとんど語ってはくれませんでしたが。その祖父も今年亡くなりました。当時の状況を窺い知る事のできる貴重な資料となると思います。このまま埋もれさせてしまうには余りに惜しいでしょう。是非再販をお願いいたします。
2006/07/22
私の祖父も戦後シベリアで強制労働をさせられていたと小学生の頃聞いたことがあります。その内容についてはほとんど語ってはくれませんでしたが。その祖父も今年亡くなりました。当時の状況を窺い知る事のできる貴重な資料となると思います。このまま埋もれさせてしまうには余りに惜しいでしょう。是非再販をお願いいたします。
2006/07/22
私の曾祖母の弟も、シベリアに抑留され、強制労働を強いられたのです。
毎日パンの切れ端と水しかもらえない上に、とにかく寒くて大勢が凍え死んだと聞きます。
帰国の時には、少し大きめのパンを貰えました。みんなお腹が空いていたので、船の中で食べようとすると、年長者の人が「全部食べるな。いま全部食べたら胃が破裂する」と言って止めたそうです。
我慢できずに全部食べた人は、みんな胃が破裂して死んでしまったそうです。それほど胃が縮んでいたんですね。
曾祖母の弟はなんとか生きて帰ってきましたが、亡くなってしまった方々はさぞや無念だったことでしょう。我々はこの悲劇の記録を、語り継いで行かなくてはならないと思います。
2006/07/21
私の曾祖母の弟も、シベリアに抑留され、強制労働を強いられたのです。
毎日パンの切れ端と水しかもらえない上に、とにかく寒くて大勢が凍え死んだと聞きます。
帰国の時には、少し大きめのパンを貰えました。みんなお腹が空いていたので、船の中で食べようとすると、年長者の人が「全部食べるな。いま全部食べたら胃が破裂する」と言って止めたそうです。
我慢できずに全部食べた人は、みんな胃が破裂して死んでしまったそうです。それほど胃が縮んでいたんですね。
曾祖母の弟はなんとか生きて帰ってきましたが、亡くなってしまった方々はさぞや無念だったことでしょう。我々はこの悲劇の記録を、語り継いで行かなくてはならないと思います。
2006/07/21