| 著者 | 門脇禎二 |
|---|---|
| 出版社 | 吉川弘文館 |
| 判型 | 四六判 |
| 頁数 | 320 頁 |
| ジャンル | 専門書 |
| ISBNコード | 9784642078252 |
大和(近畿)か九州か---。邪馬台国の位置論は、日本国家の起源に関わる重要な意味を持つ。
「魏志倭人伝」を丹念に読み込み、大和説から九州説に転換した著者が描く、知られざる「古代地域王国」の実態と国家形成史。
「魏志倭人伝」を丹念に読み込み、大和説から九州説に転換した著者が描く、知られざる「古代地域王国」の実態と国家形成史。
I 邪馬台国論 -民族・国家形成史の起点
--一 「魏志倭人伝」という文献史料
--はじめに
--1 著者陳寿
--2 「魏志倭人伝」と『広志』
--3 「魏志倭人伝」の撰述目的 -四夷の変に備う
--4 陳寿の倭人への関心
--二 邪馬台国の位置論
--はじめに
--1 大和(近畿)説の中での不安
--2 大和説との訣別 -九州説への転換
--三 女王国 -魏のみた倭国
--1 女王国と邪馬台国
--2 女王国の形成
--3 女王国の国家的特徴
--四 考古学者と「倭人伝」
--1 ヒミコと鏡
--2 ヒミコの墓
--五 女王国の解体
--1 女王国と狗奴国戦
--2 邪馬台国以後 -大和説・九州説の論点
--3 仲哀紀八年条
--4 北九州沿海諸国の動乱
--付 安満宮山古墳の青龍三年銘鏡
--はじめに
--1 安満宮山古墳の青龍三年鏡
--2 『魏志』倭人伝についての問題
--3 狗奴国の問題
--4 「ミミ」という敬称
II 地域王国の競合とヤマト王国
--一 地域王国の統合組織 -キビの場合
--1 吉備の古代文化
--2 キビ王国の統治組織
--3 王国の余韻 -王国時代の王と文化
--二 「調」刻字土器の史的意義 -新発見資料の発表・報道をめぐる所感
--はじめに
--1 「調」刻字土器発見報道の衝撃と湧き出る疑問
--2 『発掘調査概要』と「報道資料」
--3 「調」刻字土器は六世紀前半陶邑産とする説に従っての結論
--4 本音の最終結論
--おわりに
--三 海人と海部・海部直の日本海域における活動
--1 古代日本海域の海人
--2 古代日本海域の海部・海部直 -海人から海部へ
--3 氷見の柳田布尾山古墳に思うこと
--おわりに
--四 大化「改新」詔の「畿内」について
III 民族文化の形成
--一 大三輪の神なびと出雲の神々 -出雲国造神賀詞をめぐって
--はじめに
--1 和魂・御魂の貢り置かれたところ
--2 皇孫の「守神」となった出雲の神々
--おわりに
--二 女性による初期仏教の受容について
--はじめに
--1 最初の尼たち
--2 初期仏教受容と現世利益
--3 豪族層女性の仏教受容 -近親者供養と浄土信仰
--おわりに
--三 斎王と日本古代史
--四 「飛鳥と亀形石」と歴史学
--1 多様な諸説と四つのポイント
--2 文化財と歴史学
-- 亀形石と飛鳥論
--五 民族文化の形成と日本海文化
--1 文献と地域史 -はじめに
--2 日本海の民族文化
--3 山陰・出雲の独自性
--4 日本海文化とヤマト朝廷
--六 「田身嶺」について
--はじめに
--1 「田身嶺」と多武峰
--2 同時代史料にみる“田身山”
--3 多武峰の固有地名化
--むすび
--付 文化史学と文化財学
--1 文化史学の形成とその展開
--2 文化史学と文化財研究の留意点
--3 文化財学への展望
あとがき…狩野久・佐藤宗諄
解説…小笠原好彦
--一 「魏志倭人伝」という文献史料
--はじめに
--1 著者陳寿
--2 「魏志倭人伝」と『広志』
--3 「魏志倭人伝」の撰述目的 -四夷の変に備う
--4 陳寿の倭人への関心
--二 邪馬台国の位置論
--はじめに
--1 大和(近畿)説の中での不安
--2 大和説との訣別 -九州説への転換
--三 女王国 -魏のみた倭国
--1 女王国と邪馬台国
--2 女王国の形成
--3 女王国の国家的特徴
--四 考古学者と「倭人伝」
--1 ヒミコと鏡
--2 ヒミコの墓
--五 女王国の解体
--1 女王国と狗奴国戦
--2 邪馬台国以後 -大和説・九州説の論点
--3 仲哀紀八年条
--4 北九州沿海諸国の動乱
--付 安満宮山古墳の青龍三年銘鏡
--はじめに
--1 安満宮山古墳の青龍三年鏡
--2 『魏志』倭人伝についての問題
--3 狗奴国の問題
--4 「ミミ」という敬称
II 地域王国の競合とヤマト王国
--一 地域王国の統合組織 -キビの場合
--1 吉備の古代文化
--2 キビ王国の統治組織
--3 王国の余韻 -王国時代の王と文化
--二 「調」刻字土器の史的意義 -新発見資料の発表・報道をめぐる所感
--はじめに
--1 「調」刻字土器発見報道の衝撃と湧き出る疑問
--2 『発掘調査概要』と「報道資料」
--3 「調」刻字土器は六世紀前半陶邑産とする説に従っての結論
--4 本音の最終結論
--おわりに
--三 海人と海部・海部直の日本海域における活動
--1 古代日本海域の海人
--2 古代日本海域の海部・海部直 -海人から海部へ
--3 氷見の柳田布尾山古墳に思うこと
--おわりに
--四 大化「改新」詔の「畿内」について
III 民族文化の形成
--一 大三輪の神なびと出雲の神々 -出雲国造神賀詞をめぐって
--はじめに
--1 和魂・御魂の貢り置かれたところ
--2 皇孫の「守神」となった出雲の神々
--おわりに
--二 女性による初期仏教の受容について
--はじめに
--1 最初の尼たち
--2 初期仏教受容と現世利益
--3 豪族層女性の仏教受容 -近親者供養と浄土信仰
--おわりに
--三 斎王と日本古代史
--四 「飛鳥と亀形石」と歴史学
--1 多様な諸説と四つのポイント
--2 文化財と歴史学
-- 亀形石と飛鳥論
--五 民族文化の形成と日本海文化
--1 文献と地域史 -はじめに
--2 日本海の民族文化
--3 山陰・出雲の独自性
--4 日本海文化とヤマト朝廷
--六 「田身嶺」について
--はじめに
--1 「田身嶺」と多武峰
--2 同時代史料にみる“田身山”
--3 多武峰の固有地名化
--むすび
--付 文化史学と文化財学
--1 文化史学の形成とその展開
--2 文化史学と文化財研究の留意点
--3 文化財学への展望
あとがき…狩野久・佐藤宗諄
解説…小笠原好彦