クープランの馬鹿さんの公開ページ 復刊投票コメント一覧
復刊リクエスト投票
すこし前に「岩波少年文庫」のほうで一時的に復刊されていた時にあわてて購入しました。
この作品は、もはや古典なので4部作すべていつでも入手できるようになることは多くの本格派ファンタジー愛好者の願いであるはずです。(ただし、問題作の第5部は無くてもいいと思います。)
2002/07/17
この本は、実は同じ会社同じ訳者によるもの(岩波文庫 赤733-1)がすでに刊行されています。しかしながら、読者層の違いを意識してか、かなりの変更がなされています。タイトルも「プラテーロとわたし」になっていて、この一人称の変更が全体の雰囲気を根底から異なったものにしています。確かにそのほうがより一般的な選択であることを認めるのにやぶさかではないのですが、一読者の独断を述べると、あれはあくまでも内省的な「青春」の文学であり、青年というものは普通、自分に向かって「わたし」という一人称を使いません。訳文についても、(「定本」を念頭におかれたであろう訳者の苦心に敬意を払いつつも)わたしが復刊を希望する岩波少年文庫版のほうが、より「ことばの酔わせる力」に富んでいると感じました。文庫版は文庫版として、そこに止めて置くにはあまりにも惜しいこの詩集の魅力は、むしろ「少年」文庫にこそふさわしく思われるのです。多数掲載されている挿絵の静謐な美しさとあいまって、必ずや多くの読者を獲得するであろうことを疑いません。
2002/07/13
この本は、実は同じ会社同じ訳者によるもの(岩波文庫 赤733-1)がすでに刊行されています。しかしながら、読者層の違いを意識してか、かなりの変更がなされています。タイトルも「プラテーロとわたし」になっていて、この一人称の変更が全体の雰囲気を根底から異なったものにしています。確かにそのほうがより一般的な選択であることを認めるのにやぶさかではないのですが、一読者の独断を述べると、あれはあくまでも内省的な「青春」の文学であり、青年というものは普通、自分に向かって「わたし」という一人称を使いません。訳文についても、(「定本」を念頭におかれたであろう訳者の苦心に敬意を払いつつも)わたしが復刊を希望する岩波少年文庫版のほうが、より「ことばの酔わせる力」に富んでいると感じました。文庫版は文庫版として、そこに止めて置くにはあまりにも惜しいこの詩集の魅力は、むしろ「少年」文庫にこそふさわしく思われるのです。多数掲載されている挿絵の静謐な美しさとあいまって、必ずや多くの読者を獲得するであろうことを疑いません。
2002/07/13