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書物復権によせて

新規性と普遍性の狭間で
詫摩佳代

学問研究とは先行研究を土台に、新たな発見や解釈を積み重ねていくものであり、独創性や新規性が重要な位置付けを占める。実際、研究者の仕事においては、次々と発表される新しい論文や書籍と付き合う時間が自ずと長くなる。デジタル化の普及に伴い、文献との付き合い方も変わった。筆者もiPad でPDF 化された論文を読み、電子書籍も活用している。大量の書籍やファイルを持ち歩かなくてもよく、また大量のファイルの中から必要なものを見つけ出し、検索機能を利用して、簡単に特定の箇所を読み返すことができる。便利な世の中である。
それでも、書き込みが入った古い本をたびたび手にする。大学院生の頃には、ひたすら大学出版会や岩波の全集などの分厚い専門書を何冊も持ち歩き、赤線や付箋を貼って勉強したものだ。それらの本の中には、今となっては電子書籍化されているものもあるが、あえて購入していない。共に歳を重ねていくパートナーのような存在で、その本自体に愛着があるからだ。
個人的な愛着を超えて、古い本の魅力とは、古いように見えて実際には、新しい本よりも示唆に富んでいたり、繰り返す歴史の中で、問題の根本をあらためて教えてくれたり、同じ苦難に対して、経験を共有してくれるからではなかろうか。我々の社会は、とりわけテクノロジーの面では確実に進化を遂げてきた。他方、ウイルスをいかに克服し、また共存するのか、世界政府が存在しない国際社会において、いかに秩序を維持するのかといったテーマは、時代を経ても居座り続けている。
ロシアのウクライナ侵攻に際しては、昨今の国際情勢分析に関する文献に加え、トゥキュディデスからクラウゼヴィッツ、岡義武や高坂正堯など、およそ新しいとは言えない書物を読み返した。入江昭による『20世紀の戦争と平和』には、「個々の戦争は国家が始めるものだが、戦争そのものは民衆が作るものである」という、イギリスの政治学者の言葉が紹介されている。ロシアの力づくの行動に対しては、ウクライナの人々が「祖国を守る」という強い思いのもと、善戦し、またロシア国内でも弾圧を恐れず、反戦の声を上げる人々がいる。まさに民衆が戦争を作っている。
マルクス・アウレリウスの『自省録』も筆者と共に歳を重ねてきた本の一つだが、戦争と疫病、飢饉という数々の苦難の中で執筆されたものだ。極限の状況の中でも自己と対話し、人間としてのあるべき姿を探り続ける様子は、2000年の時を経て、21世紀の我々と重なるものがある。
書物とは、時代を超えて我々人類を連帯させる数少ない手段である。繰り返す歴史の中で、先人たちの知恵や経験が参照されるのであれば、同じ危機でも、より良く対応することができるかもしれない。困難な時代だからこそ、書物の役割が大きいと感じる今日この頃である。

◇詫摩佳代(たくま かよ)…1981年生まれ。2010年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。関西外国語大学外国語学部専任講師などを経て、現在、東京都立大学法学部教授。主な著書に『人類 と病』(中公新書、サントリー学芸賞受賞)、訳書にホッテズ『次なるパンデミックを防ぐ』(白水社)がある。

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