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スピカちゃんさんのページ

復刊リクエスト投票

アンパンマンたんじょう

5月9日に日テレ系の「1周回って知らない話」でアンパンマンが特集され、アンパンマンの原点を知りたくなりました。アニメは元々の原作とかなりの相違があることは存じてはいましたが、もし、原作のままであれば、アニメ化は厳しかったでしょうし、アニメ化されても数字は低かったでしょうし、30年以上続く長寿番組(しかも、放送開始時から、一貫してローカルセールス枠であり、全国同時ネット番組でもなく、日テレでさえ、ゴールデンでは一度も放送されたことがないのに、こんなに長く続くとは誰も思わなかったはず)にはならなかったはずです。 そういう意味でも、原点を知りたいです。 (2018/05/12)

アンパンマンたんじょう
【著者】やなせ たかし

各種通信教育ガイド

以前は毎年発行されていた、現代用語の基礎知識でおなじみの自由国民社の各種通信教育ガイドですが、2004年度版を最後に発行されなくなりました。 これには、2004年にユーキャン(旧・日本通信教育連盟)と提携したことと大きく関わっていると考えられます。つまり、各種通信教育ガイドを発行し続けると、ユーキャン以外の社会通信教育の講座も紹介することになるため、それによって、ユーキャンの講座申し込みが減ると懸念されたために発行を辞めたのではないかと考えます。 しかし、私はこの本のおかげで通信制高校や通信制大学の存在を知り、学校通信教育と社会通信教育の違いも知ることができました。現在でも通信教育ガイドでは自由国民社の各種通信教育ガイドがもっとも優れた本であると思います。 ぜひ、自由国民社には復刊していただき、毎年発行も復活して頂きたいです。 (2018/05/12)

各種通信教育ガイド
【著者】自由国民社

アリスのさくらんぼ <やなせメルヘン>

子どもの頃に読んだとき、もう一度読みたいと思ったのので、改めて読み返して、当時の純粋な心を取り戻したいです。 (2018/01/20)

アリスのさくらんぼ <やなせメルヘン>
【著者】やなせ・たかし

楽しいリズムあそび

小宮路氏は公立中学校教諭を経て、玉川学園小学部で音楽教師として長年、音楽・表現教育に全力を注いだ一方、数々の子どものための歌を作曲していました。 この本は小宮路氏の音楽・表現教育を実践したいと願う、小学校教諭・幼稚園教諭・保育士・保育教諭、子どもの情操教育に役立てたいお母さん、そして音楽好きな子もそうでない子もこの本に接することで音楽が大好きになるはずです。 小宮路氏の教え子の多くも復刊を望んでいるはずです。 (2018/01/20)

楽しいリズムあそび
【著者】小宮路敏

ちびくろサンボ

この作品を復刊することで差別や蔑視問題によって、文学性を否定することが間違っていることを証明するためにもオリジナルで復刊すべきです。 (2017/10/07)

ちびくろサンボ
【著者】岡本文良

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レビュー

はしれ! ちんちんでんしゃ -東京都電 荒川線-

昔の荒川線を思い出した

現在の荒川線しか知らない人には新鮮であり、昔の荒川線(ワンマン化された頃)や都電27・32系統だった頃を知っている人には懐かしさを覚えるはずである。
この絵本は復刻版なので、現在もある王子駅前~飛鳥山の明治通りの併用軌道以外にもあった「宮ノ前~小台」の併用軌道の描写もしっかり描かれているので、現在のセンターリザーベーション方式しか知らない人にとっては、都電が路面電車だったことを実感できるし、再開発する前の町屋駅前の描写も正確に描かれているので、昔の荒川線はこういう風景だったことを絵本なら読み取れ、歴史を知る上でも貴重である。
写真はリアルに写すが、絵本はファンタジー、しかも、この絵本は荒川線がワンマン化された頃の様子を描く、実体験を元にしているので、写真よりも楽しく荒川線の歴史を知ることができる。老若男女、手に取れる絵本でもある。 (2018/02/15)

はしれ! ちんちんでんしゃ -東京都電 荒川線- (【著者】後藤英雄) ショッピング

小田急ロマンスカー物語

ロマンスカーは電車特急のオンリーワン

ロマンスカーSEが就役してから六十星霜。
小田急ロマンスカーの歴史はSEを境に飛躍的に変わり、国鉄151系をはじめとする電車特急の飛躍のきっかけになったのは紛れもなく、小田急ロマンスカーSEであり、SEの登場が鉄道友の会のブルーリボン賞を創設するきっかけになったのは周知の通りである。そのロマンスカーの歴史を知ることは電車特急の歴史をひもとくことにもなる。
ロマンスカーが目指していた「新宿~小田原」を60分で結ぶ構想はこの作品でも述べられているが、新宿~小田原をノンストップで走るロマンスカーも平日下り1本、土休日下り2本しかなくなり、60分運転は遠退いてしまったが、この本ではその60分運転の夢を見させてくれる。いつかは必ず、60分を切るロマンスカーの定期運転が実現すると信じている。 (2017/08/19)

小田急ロマンスカー物語 (【著者】生方良雄 諸河久) ショッピング

御殿場線ものがたり

愛する御殿場線

御殿場線が東海道線のメインルートから外れた後の歴史に翻弄され、複線から単線になっても、地方交通線ではなく、幹線として、メインルートだった頃の威厳を残している御殿場線。
御殿場線の歴史を知る上、絵本という形は取っているが、御殿場線のことを学ぶには最適な本である。 (2017/02/11)

御殿場線ものがたり (【著者】宮脇俊三 文 / 黒岩保美 絵) ショッピング

泣いた赤おに

いじめ問題に置き換えると、まさに考えさせられる

人間と仲良しになりたい赤鬼さんのために、自分が人間の嫌われ者になることを承知で悪者になった青鬼さん。その青鬼さんを懲らしめる赤鬼さんは本当はそんなことをしたくなかったけれど、人間と友達になりたい赤鬼さんは無二の心友である青鬼さんの思いやりや心意気がわかっているからこそ、あえて青鬼さんを懲らしめた。心の中では「青鬼さん、ごめんなさい。人間と仲良しになりたい僕の気持ちを組んでくれて本当にありがとう。人間と仲良くなれたら、本当のことを人間に話し、青鬼さんも人間と仲良くなれるようにするね」と思ったはずです。
けれども、その思いは青鬼さんには届かなかった。もし、本当のことを話してしまえば、折角、人間と仲良くなれた赤鬼さんが人間に近づくために青鬼さんとグルになったと思われ、赤鬼さんが人間たちにいじめられてしまうと考えた青鬼さんは自ら身を引き、赤鬼さんと永遠の別れを選択してしまった。その青鬼さんの優しさに赤鬼さんは改めて、青鬼さんと心友であったことを心から感謝し、青鬼さんに二度と逢えないけれど、青鬼さんのことはこれからも心友として、心の中ではいつも一緒にいるよと思っているはずです。
この赤鬼さんと青鬼さんの友情は、そのまま人間の世界に置き換えることができます。これをいじめ問題として捉えた場合、赤鬼さんがいじめられっ子、青鬼さんは赤鬼さんの心友ではあるけれど、いじめっ子から目を付けられるのが怖くて、表面上は赤鬼さんとは距離を置いているものの、心友である赤鬼さんを何とかしていじめ地獄から救ってあげたいと苦悩していると見ることができます。そして、人間と仲良くしたいはいじめっ子と置き換えれば、まさにいじめ問題と見事にリンクしています。
赤鬼さんはいじめで苦しみ、悩んでいました。このままではいじめに耐えられず、最悪の事態に追い込まれてしまうと心友の青鬼さんに助けを求めました。表面上は距離を置いていたものの、心友である赤鬼さんのことを黙って見ることができなくなった青鬼さんは赤鬼さんに向けられているいじめを自分に向けさせ、いじめ地獄から赤鬼さんを救うことを決意し、それを実行に移しました。
青鬼さんの思惑は見事に的中し、赤鬼さんのいじめはピタッと止まりましたが、今度は青鬼さんがいじめのターゲットになりました。しかし、誰も青鬼さんを助けようとしません。赤鬼さんは青鬼さんを助けたいと思っても、それをすれば、青鬼さんの思いを無にしてしまうし、腕力や喧嘩が弱い赤鬼さんは返り討ちに遭えば、今度は青鬼さんも赤鬼さんもいじめのターゲットにされてしまう。赤鬼さんは青鬼さんへの感謝の思いを胸に、二度といじめられないように心を強くすることを決意し、いじめっ子に負けないように鍛えることを青鬼さんに誓いました。
青鬼さんはその後、不登校し、そのまま学校から離れ、除籍になったとすれば、まさに「泣いた赤おに」と同じラストになります(いじめを苦にした自殺は青鬼さんは絶対にしないはずだし、それをすれば、いじめっ子に完全敗北をしたことになるし、何よりも赤鬼さんが悲しむはずなので、青鬼さんは不登校を選択するはずです。「泣いた赤おに」のラストを考えれば、青鬼さんは除籍になったと考えるのが筋と考えます)。
いじめ問題を考える上で「泣いた赤おに」は最適な教材です。私たちは赤鬼さんと青鬼さんのような心友を持つ大切さを学び、「いじめはいじめる方が絶対に悪い」ということを改めて知るべきです。また、いじめ問題を各種ハラスメントや虐待問題に置き換えても同様です。すなわち、子どもだろうと大人だろうと、「泣いた赤おに」は心のバイブルに不可欠な童話です。 (2016/08/05)

泣いた赤おに (【著者】浜田広介 作 / つちだのぶこ 絵) ショッピング

【バーゲンブック】昭和の鉄道 40年代 鉄道の黄金時代

ヨンサントーで変わった

昭和の鉄道を語る上でヨンサントーを境に国鉄の明暗をはっきりさせてしまった。
時刻表では東海道線が急行列車は一部を除き、残ったものの、東京発の特急列車は寝台特急を除き全廃(後に新設された、特急あまぎ→踊り子は除く)され、通勤路線としての道を着実に歩むことになり、地方では特急が新設される路線が増えた。
一方、車両では新幹線0系や485系、103系、113系、115系が大量製造され、画一的な車両が増え、効率性と大量輸送が優先される時代になり、同時に国鉄の赤字は毎年増えてしまい、それによって、国鉄の車両はJRになるまで、マイナーチェンジした車両ばかりになり、完全なる新型車両はチョッパ制御の201系まで待たされることになった。
つまり、鉄道を語る上で昭和40年代は国鉄分割民営化になるまで、山陽新幹線の開通はあったもの、経営的には苦しくなり、サービスでは急行列車の食堂車は急行きたぐにの北陸トンネル火災を境に全廃、電車急行のビッフェは合理化で営業休止が相次ぎ、特急列車には食堂車が当たり前にあった時代は1972年の房総地区の特急(さざなみ・わかしお)では近距離であるため見送り、これをきっかけに特急だからといって食堂車の連結は当たり前の時代は終わった。しかし、山陽新幹線の博多延伸で新幹線に食堂車が登場するが、これも長くは続かなかった。
鉄ちゃんと自称する人たちこそ、昭和40年代の国鉄の歴史を学ぶ必要があるし、そのバイブルに相応しい一冊である。 (2016/02/05)

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