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書物復権によせて


◆ 書物復権によせて

松沢裕作

どのくらいの頻度で書店にいっているだろうか。おそらく一週間書店にゆかないということはほとんどない。気分転換にぶらぶらと、などと思って外出しても、たいていの場合たどり着く先は書店である。
それでは書店は心安らぐ場所なのかといえばそんなことは全くない。書店には次々と出版される新刊書が並び、お互いにその卓越性を競っている。これもあれも読まねばならないのではないかという不安に駆られる。また潜在的には私も書籍の書き手なので、ああいう本が出るならこういう本を書かねばならないのではないかなどと考えたりもしてしまう。因果な商売というほかない。「気鋭の」「まったく新しい視点から」「画期的研究」といった惹句が踊る帯つきの本ばかりが書架に並ぶ書店があったとすれば、それは私にとってはだいぶ気の滅入る場所になることだろう。
学問の世界で読まれる本は多様である。一方に、現在の研究状況のなかから生まれ、また現在の研究状況を作ってゆく著作があり、またその成果を専門外のひとびとに伝えるための書籍がある。その対極には、百年単位で読み継がれてゆく、古典といわれる作品がある。そして、おそらくそのあいだに、「準古典」とでも呼ぶべき書物群がある。それは、現在の研究者たちが立つ研究状況の水準を作り、その地形をかたちづくっている書籍たちである。専門の研究者であれば三回、四回と読み直す。通読しないにしても折に触れてページを開いて確認する。新たに研究の世界に参加してくる人たちに、また他分野の専門家にこのテーマについて代表的な研究は何かと聞かれればその名を挙げる。
そうした「準古典」を欠けば学問は貧しい。結局のところ先人と同じことを別の言い方で述べただけ、ということにもなりかねない。自らの立つ研究の地平に十分な理解を持たない者が、新たな研究の地平を切り開くことはできない。
そのような書物を前にするとき私は心穏やかである。それはいまさら卓越性や新規性を主張することはなく、こちらもことさらにそれに抗う必要は感じない。だから、書店以外に行き場のない私としては、書店の棚には一定の割合でそうした書籍が並んでいて欲しいと思うのである。



◇松沢裕作 … 1976 年生まれ。東京大学史料編纂所助手、専修大学経済学部准教授をへて、現在、慶應義塾大学経済学部准教授。著書に『明治地方自治体制の起源』(東京大学出版会、2009 年)など。



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