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◆ 書物復権によせて

長門洋平

学生時代、人並み程度にはネクラな私にとっての最大の楽しみは中古レコード店と古本屋を歩いてまわることだった。「中古」にしか興味がないところがポイントで、「新品」をあがなうことは敗北を意味する。当然だろう。精神の貴族たるべき我々貧乏人は目当ての品を50円でも安く買うべきであり、そのためにはいかなる努力も厭ってはならない。
一方で、中古への偏執はある種の骨董趣味とも通じていて、珍しい音盤や書物をみつけることそれ自体を目的化しているようなところもあった。稀少性は、そのまま魅力である。ただし私の場合、頑迷なヴィンテージ志向とはことなり、再発ものでも手に入るのであれば購入意欲は満たされてしまう(ただし、モノとしてのパッケージを欠いたデジタルデータは不可。官能はあらゆる感覚に対してひらかれていなければならない)。だからこそ、私をこのうえなく消沈させるのが「復刻」「復刊」「再発」「世界初CD化」の類なのだ。人がなにかを欲するのは、それが手に入らないからである。レアモノとは、それらとの出会いを期して身命をなげうつべき、妖しくも蠱惑的な夢のことだ。だから、復刻されて容易に入手可能になってしまうと腰を折られたようでカクンとなる。
というのがかつての私の行動原理だったが、最近はいろいろと思うところもある。例えば、去年もっともショックだった、富樫雅彦/高柳昌行の『パルセーション』(1983年)というレコードの初CD化。これはオリジナル盤としての価値云々以前に、単純にこの珍しいLPを入手しないと聴くことができなかった音源であり、それを手にすることがわが生涯の目標だった。それが、いまや簡単に入手できてしまう。夢を奪われたようでひどくがっかりした私は、がっかりしすぎて普通に予約注文して買ってしまったのだが、聴いてみて驚いた。富樫の全ディスコグラフィ中これは最高の部類に入る作品だと思う。再発してくれてありがとうと心のなかで何度も唱えつつ、このアルバムをもう百回は聴いている。優れた作品はなんと、稀少である必要はないらしい。



◇長門洋平 … 1981年生まれ。映画/音楽研究者。総合研究大学院大学文化科学研究科国際日本研究専攻、博士後期課程修了。博士(学術)。著書に『映画音響論 溝口健二映画を聴く』(みすず書房刊、2014年サントリー学芸賞[芸術・文学部門]受賞)など。



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